(劇評#2)「続けること。受け継がれていくダンスのDNA」:バレエノア 『紙ひこうき(改訂版)』を見て

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金沢21世紀美術館芸術交流共催事業「アンド21」2020年度採択事業 バレエノア『紙ひこうき(改訂版)』
2020.9.21-22 金沢21世紀美術館 シアター21  撮影:林田きみゑ

 2020年はパンデミックとその犠牲者への喪の年だったと歴史に記憶されると思うし、「ステイホーム」の大号令の下で自由な移動を制限されるというおよそ経験のない経験をした。春先から夏にかけては、劇場や音楽堂に行くことは不要不急と見なされ、舞台公演が軒並みキャンセルとなる中で、オンライン上で世界のアーティストのパフォーマンスを見る文化が生まれた(少なくとも僕の中では)。

 その中でも特に印象に残ったのは、ヴッパタール舞踊団が無料で公開したダンス映像だ。ダンサーたちそれぞれの自宅で撮られたソロダンスがリレー形式でつながる。美しい動きのラインを描きながら無心に踊る姿はかっこいい。彼らを見ていると、人はなぜ踊るのかという素朴な疑問と、踊るために踊るのだという答えの自明さがない混ぜとなったような感覚になる。

 そのヴッパタール舞踊団でかつて数々のピナ・バウシュ作品に出演していたのがファビアン・プリオヴィルだ。彼が演出・振付したダンス作品『紙ひこうき(改訂版)』が今年の9月に金沢21世紀美術館で上演された。

 公演を主催したのは群馬県高崎を拠点とするNPO法人バレエノア。同作はファビアンとともにバレエノアが創作し2008年に東京で初演された。爾来、再演を重ねてドイツ公演も果たした同団体のレパートリーとも言える作品だが、出演者がクラシックバレエの素養を備えた高校生を中心とした10名の女子であるため、様々な条件が重ならなければ実現は難しい。2020年はその条件が重なった稀有な年であり金沢21世紀美術館での公演も決まったが、稽古を始める矢先にコロナ禍に見舞われた。

 幸い配役は決まっていたため、リハーサルディレクター小渕博美のzoomによる指導で各自が稽古を重ねたという。結局ファビアンの来日はかなわなかったが、関係者の熱意と現代の通信テクノロジー、そして何よりも出演者の努力と成長があって高い完成度で公演に漕ぎ着けた。

 何もないブラックボックスの空間。うずくまった五体の黒いダウンジャケットの中から制服姿の「女子高生」が現れ、白い仮面の上に一心不乱にメイクを始める。一転してポップな曲に合わせてカラフルなTシャツ姿の二人が登場し、表現力豊かに全身で軽やかに伸びやかに踊り出す。

 このように女子高校生の日常をモチーフとして、学校の集団生活と個人のプライベートが対比される。個人の個性や自由が集団の中で抑圧されていく葛藤をフランス人は冷徹な眼差しで描き出す。

 集団を象徴するのは、制服であり、仮面であり、校則であり、密になって相互に監視し合い、本音を押し殺して建前で生きていく学校生活の光景だ。リズムに合わせて規則正しく踊る集団のダンスは、一糸乱れぬ軍隊の敬礼のようであり、全体として律動する一つの大きな生き物のように見える。全体主義のモンスターは、紙ひこうきを折っては飛ばしている孤独な一人の少女を飲み込んでいく。

 だが、集団や規則から離れた個人のプライベートにも真の意味で自由はない。そこにあるのは、溢れる情報の中で「かわいらしさ」や「自分らしさ」を求めて「買う」ことに駆り立てられる消費社会である。どれだけ脱いでも次々と服が現れる過剰に重ね着をした少女やスマホが鎖に繋がれて引き離せない少女。彼女たちがこれから出て行くのは、「女子高生」というアイコンが商品価値となるような、あらゆることが差異=記号化され、意味は交換価値となって消費される、外部のない閉塞的な日本社会そのものなのだ。

 しかし、絶望的とも言える不自由な体制を揺るがせるような特徴的な動きがある。一つは髪を振り回す動きだ。長く伸ばされた髪は女性性を象徴するとともに、振り乱されて浮遊する様子には制御できない自由な軽やかさがある。集団の中であってもそれぞれの個を主張する強い意志が感じられた。

 もう一つは倒れるという身振りだ。普段は失敗や価値のないものと見なされる倒れるという行為がこの作品では大きな存在感を持つ。集団で反復的に倒れ続けるシーンもあれば、片足で立ってバランスをとりながら手を上げて思いっきり倒れ込むシーンもある。倒れるという身体の衝撃とともに、倒れても倒れても何度でも立ち上がる彼女たちの健気な姿に感動するのだ。

 髪を振り乱す姿や倒れる姿を見てデジャヴ感があった。僕が実際に観たピナ・バウシュが存命中のヴッパタール舞踊団の作品の中にもそれらの動きがあったようで、とても印象的で記憶に残っていたのだ。ファビアンの振付を通じて、ピナ・バウシュのDNAが日本の少女たちに受け継がれてるのを見出すような、自分の中で過去と現在がつながる歓びに満ちた発見だった。

 石川県の高校生向けに開かれた公開ゲネプロ後のトークセッションの中で、バレエノアディレクターの瀬山紀子が、現在の困難な業況の中でも舞台活動を「続けること」の大切さを高校生に語りかけた。戦後の大変な時期にも先人たちが文化活動を続けてきたからこそ現在がある。実演家として長年生きてこられた方のとても重い言葉だった。

 作品がずっと愛され続けること、見た者の中に生き続けること、先人たちの思いが世代を越えて受け継がれ続けること、いろいろな意味の「続ける」がある。作家やダンサーが日本社会の中で感じた疑問をモチーフにして、その問題を提起する「紙ひこうき」のような作品がこれからも創られ、地方においても上演され「続ける」ことの大切さをあらためて考えた。

川守慶之(交流課 プログラム・コーディネーター)

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